アチェンガルゴンパ
アチェンガル行きの乗り合いタクシーはぼろいワゴンタイプでスピードが出ず、2時間だと聞いていたところ片道3時間かかってしまった。
車によってだいぶ所要時間が違ってくるんだなー。


アチェンガルゴンパは、ラルンガル同様、カリスマ性のある高僧を慕って拡大していった修行の場とのこと。
10年前のガイドブックには、尼僧が6000人、僧が2000人修行していると書かれている。

道中、峠道は舗装がされてなくてかなり揺れ、海抜は不明だけどかなり高そう。
アチェンガルが4000mを越えている事を考えれば4300m以上はありそうな。
景色は最高にきれい。

今までチベットには秋か冬にしか来たことが無かったので、夏がこんなにも緑豊かで花が咲いててネズミが跳ねてるような気持ちのいい大草原が広がってるとは知らなかった。
荒涼とした茶色い大地も好きだけど、夏もいいなぁ。
車から外を見てると、草原でチベタンファミリーがよくピクニックをしてて楽しそう。

短い夏を楽しんでいるんだろうな。

アチェンガルゴンパもまた、すごく拡大中で新しいゴンパがどんどん作られていた。
また、あらゆるところが大量の造花で飾られていて、高地ならではの蒼い空とゴンパの赤い壁と造花の鮮やかさが目にしみる。花を飾る事も、祈りと信仰の一部であるのを感じる。強烈な日の光と風に晒され、退色している造花も美しかった。




















作りかけのマニ塚?巨大過ぎて全貌が見えない。

お堂を見た後、丘を登る。
丘のてっぺんには光り輝く黄金の仏像。

今にも雨が降りそうな不穏な空模様を背景に迫力と存在感と突拍子もなさと非現実感が同居していてなんともおかしな気持ちになる。
周りの草むらには、寛ぐラマ僧や漢族の観光客もちらほら。
丘の上からは川に囲われた僧坊郡を始めアチェンガルゴンパが一望できとても良い。





丘から僧坊郡の中へ。

丘に転々と置かれているこの小屋は何だろう?人が1人座れるのがやっとくらいの小さなドアなし窓付きの小屋がたくさんある。


僧坊郡
バラック小屋のような建物がひしめき合っている。
増殖し続ける蟻の巣のような混沌とした建築物は見てて飽きない。
そう言えば、昔から九龍城の写真集を眺めてはうっとりする程、ごちゃごちゃした巣のような建物群や生活空間を眺めたり想像したりするのが好きなんだった。
まさに、粗末な材料で増築改築を重ね増殖しているこの建物群は、信仰の場である事を抜きにしても面白い。
色が赤く無かったら僧坊には見えないだろうな。
ここに住む数千人の尼僧はどんな暮らしをしているのだろう。















尼さんはみんなチベット仏教ならではの臙脂色の僧侶の服を着ているけど、靴は自由なようで、ピンクのストラップシューズでキラキラしたビーズが付いたような可愛らしい靴を履いていたり、低いヒールのついたパンプスを履いていたり、蛍光イエローのスニーカーだったりと、それぞれの志向や靴を選ぶことへの楽しみを感じた。


他人が人様の生活空間に興味本位で踏み込む事に申し訳ない気持ちを抱えつつ、面白いと思う事が止まらない。

幾度となく、僧坊強制取り壊しになっているラルンガルゴンパは政府との駆け引きの中で、観光地化せざるえなかった事情があるのだろうが、アチェンガルはまだそこまでには至っていないように見える。
この無秩序で見方によっては不衛生で決して安全では無さそうで、それでいて信仰へのエネルギーが溢れている無二の僧坊郡がいつまでも存在できるとは思えない。

一時も休む事なく、変わり続ける東チベットの中で、今回アチェンガルに来れて本当に良かった。

そして、自分の寝坊と2時間で来れるだろうという見通しの甘さが悔やまれる、滞在時間が短すぎた…!
うーん、セルシュの騎馬祭が無ければこの前アチェンガルに泊まってペユル白玉に行ったんだけど。


アチェンガルゴンパの僧坊郡エリアは、そんなだから電気は来てるようだけど、水は共同の井戸なのか水道なのか、数人が固まって洗濯をしている場面をよく見かけた。
もちろん下水設備なんて無いだろうから、トイレ事情はどうなっているのだろう。
トイレに行きたくて、どうしようかと思いながら僧坊郡を抜け、橋を渡ったところに公共トイレ発見。
屋根無し、コンクリートなのに妙に有機的な塀にはスプレーで厠所の文字。
中は8畳くらいの長方形のスペースに細長い穴が、3×4列の12穴。
なんて開放的かつ一体的!
何度か来ている中国でもここまでスペースの共有率が高いトイレは初めてだー。
そして、やはりこちらの人もお尻はあまり人に見られたく無いらしく、(と言うか、僧侶の服はロングスカートの様な造りなので見る事も見られる事もないだろうけど)壁を背負える入り口から一番遠い後列の3穴は人気と見え、全穴埋まっている、かつトイレに足を踏み入れた瞬間に全員と目があう。
屋根が無い、というか外だから明るいよー。
そして私はこの目が合った人達の前の穴で彼女らにお尻を向けて座るのは恥ずかしいし、かと言って向いあったら入り口から入ってきた人にお尻を見られるしでどこにポジショニングすれば良いのかわからずパニくってその場で1回転したら、トイレ中のお三方に若干笑われ何かを言われ、場が、と言うかトイレが和んだ。
結局、どこでもいいからって言われた気がしたので、えいっと腹を決めて、手前の、壁から3穴目に後列の人と1穴開けて向かい合わずに同じ向きでする事に。
ちなみに交代で行った優子ちゃんは、やはり人気の後列3穴は尼さんで埋まってて、反対側の壁も向かい合って尼さんで埋まってて、仕方が無いから、後列の前の穴に後ろの人と同じ向きにしゃがんだら、わあって言われたらしい(笑)


ってゆう、最後長々とくだらないうえに下品な話題でごめんなさい。

アチェンガルとても面白かったです。
現在外国人立ち入り禁止のラルンガルに行けなくてもアチェンガルに行けばいいと思います。
本当に。
ぜひ。



アチェンガルの食堂でお昼ごはん。テレビにかじりつきの小さなラマ僧達。


ヤクと私

朝ごはん 2元
宿代 25元
カンゼーアチェンガル往復 90元
昼ごはん 13元
水とお菓子 15元
| - | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
カンゼへ
午前中は歩いて丘の上のルーフオのゴンパへ。

わざわざ鍵を開けて中を見せてくれた。
ルーフォは不自然な超開発もされてなく、程よい規模でこじんまりしてて、宿も安くて居心地が良くていい町だなぁ。



雨は降ったり止んだり。



ゴンパへ続く坂道にはマニ車があり地元の老人達の毎日の憩いの場にもなっているみたい。




乗り合いタクシー降りてすぐにあるシャングリラ招待所。
手作り感満載のログハウス風の部屋は思いの外居心地が良く、しかも1泊30元。中庭にホットシャワーもある。トイレはチベタン風
窓からは金色の仏像が見えて縁起よし。
もちろん夜はライトアップされてる。





これは前日セルタで食べた昼夜ご飯。
こちらのご飯は量が多いので1日2食で十分。野菜を摂るために素菜湯と魚香肉絲。美味しい。


そのあと乗り合いタクシーでカンゼへ。
疲れていたので適当な設備の割には若干高い気もする宿に泊まる。
壁紙も天井も、折り紙に入っているような金色だった。
カンゼは賑やかな都会だけど、とてもチベット色が強い。

けっこう夜遅くまで停電していて、宿に居ても仕方ないのでチベタン茶屋で暇をつぶす。


昼間看板が出てないけど店舗風の外観でしまってる一帯があり、なんなんだろうと思ってたら夜になると少し隙間が空いてミニスカートを履いた女の子が各入り口に1人ずつ立ち出した。赤線地帯みたいな場所だったのか。


金色の部屋
バストイレ付きで120元だったけど、とにかく水圧も水量も無くて使えない。

宿の窓からの景色




カンゼの市場巡り



朝ごはん 9元 おかゆとゆで卵と小籠包
ルーフォーカンゼ 40元
宿 60元
水 6元
数珠 30元
お昼ご飯 14元 酸菜麺
ヨーグルト 4元
チベタンミルクティー 10元

173元=2800円くらい
| | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
ラルンガルゴンパの後は鳥葬台へ
ラルンガルゴンパを昼過ぎに出て、少し離れたところにある鳥葬台に乗り合いタクシーで移動。 鳥葬とは、死体を鳥に食べさせるという、チベットの埋葬方法のひとつで、僧侶は火葬、それ以外の人は土葬か鳥葬かを選ぶらしいです。(ガイドブックの受け売り)
今まで得てきた情報←本や人のブログ、では、なんとなく草原の中で素朴な感じで行われるものなのかなと勝手に考えていたのですが、セルタの鳥葬は、想像の遥か上をいき、さながらアトラクションのようで、ラルンガルゴンパで感じた中国当局の観光化へのやり方へのどん引いた気持ちはもはや振り切れてしまった。
とは言え、私も欲にまみれた観光客の一部なわけで。 まず、鳥葬台手前に建設されたくそ悪趣味な作りの荒い数々のモニュメント。立体物。
コンクリート造りのセットにしか見えない唐突なちゃちな岩山があったりと、鳥葬という特異な文化をネタに遊園地を作ろうとしてるかのような奇妙な空間に感覚を狂わされる。 僧侶の読経が始まり、布に包まれたご遺体が運ばれてきてチョルテンの周りを家族とともに回る。
この時、魂が肉体から離れるらしい。 ちなみにわたしを含めた大量の観光客は少し離れたところに張られたフェンスの外でその様子をかぶりつきで眺めてる。 そのあと鳥葬台で鳥葬職人が遺体を鳥が食べやすいように細かくしてるらしく←この様子は目隠し布がされてて観光客サイドと鳥サイドからは見えない。 その間、1羽また1羽とハゲワシ?が飛んでくる。
わー大きい!なんて眺めているうちに、気付けば大量のハゲワシがスタンバイ体制にはいる。 最終的には500羽を超えるくらいはいた様な。
その夥しい数のハゲワシが、今か今かとじりじりと鳥葬台ににじり寄っていき、それを数人のチベタンが寄せ付けないように、時には石を投げ、棒を振り回し防ぐ。 一羽でもかなりの迫力なのに集団の圧、凄いだろうな。
そして準備が整ったのが先だったのか、鳥達の本能の力が勝ったのか、よくわからなかったけれども風でふわりと目隠し布が舞い上がった瞬間、大量の鳥が鳥葬台に突進。 鳥葬台はコンクリートの塀で囲まれた四角い広場の様な作りでその塀の中に数百羽の鳥達が折り重なり合いながら何かを奪い合ってる。 圧倒されてしばらく眺めてると、満足気なハゲワシから(中には頭を血で濡らした鳥もいる)彼方へ飛んでいく。
時間がかかりそうだったので私達も離脱。 悪趣味なモニュメントを撮影して、ラルンガルゴンパの中に泊まりたかったなーと少し後ろ髪引かれつつ乗り合いタクシーでセルタに戻る。

セルタの町に魅力を感じなかったので、ユースをキャンセルしてこのままルーフォに戻る事にする。








鳥葬台とにじりよるはげわし達とそれを防ぐ男達





ぶっ飛んだモニュメント。中国人もチベット人も楽しそうに観光している。




セルタールーフォの乗り合いタクシーの中、同乗者の若いチベタンファミリーに絡まれ続ける。

楽し疲れた4時間。

帰る車はチェックされなかったけど公安の検問はしてました。
| | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
ラルンガルゴンパ
朝起きて、約束通り近くのユースに宿を移す事にし、荷物を預けて乗り合いタクシーでラルンガルゴンパへ

















草原の中、中央のゴンパを中心にすり鉢状に帯びただしい僧坊が建てられいて、大勢のチベット僧が暮らしている修行場。
ここはガイドブックによると(10年前のだけれど)1980年代に開かれた新しいゴンパで、東チベットで絶大な人気を誇った高僧が開いた修行場らしいです。

僧坊は色や形、同じ要素で構成されてて、その圧倒的な物量にもくらくらするし、つまりは信仰に捧げる力にくらくらする。

迷い混むと、あまりにも同色の世界に、一つの小さな見知らぬ国のにいるような不思議な心地になりました。

中央のゴンパは観光客でも立ち入りができたので少し見学ささてもらう。
中は大勢のラマ僧が各自経典を読んでいて、自習時間のよう。
僧侶の数がすごい。
自分の好きな場所で数人で固まって勉強してたり、1人でイヤホンしながら黙々と読んでたり。
若い僧が多かったです。
信仰に対する熱が空間を覆っているような空気を感じました。

僧坊と僧坊の間の路地をくねくねとたまに迷いながら散歩して高台へ。
高地の為、酸素が薄くてかなりきつい。

丘の裏側、観光客からあまり目につかない斜面の僧坊がまさにぶっ壊されてる最中で、これを見られない為に外国人観光客の入場を規制してるようです。

以前も大規模な取り壊しがあったようで不自然に直線で削り取られた僧坊のない部分に道路が作られていました。

その他にも門前には、町一個作ってる勢いでホテルなどの大規模な開発の真っ最中。
東チベットどこにいってもとにかく道路や建造物を作りまくってる印象。

観光地化の、せめてもうちょっとうまいやり方がいくらでもあるだろうに、あったものを壊すことにまるで容赦ない。
そこで修行している人の為ではなく、私を含めた大勢のよそ者の観光客の為にどんどんと変貌させられているのがかなしい。

まあ、内情も全然知らないよそ者の観光客の個人的な感傷ではありますが。

外国人は私達とあと日本人の女の子が2人だけだったけど、中国人の観光客はものすごく多く、リゾート地に来てるかのような着飾った若者達に目を見張ってしまう。

その日本人の女の子達はカンゼから中国人観光客に混じって乗り合いタクシーで来たとの事。
検問はあったけど、パスポートチェックはされなかったらしく、もしかしたら少し規制が緩んできてるのかもしれません。

ゴンパ内には宿も商店も食堂もあったので。荷物をセルタに置いてきてしまったのが悔やまれた。せっかくならゴンパ内に泊まりたかったなぁ。









朝ごはん小籠包 4元
セルターラルンガル 7元
ラルンガル下ーラルンガル上 3元
ラルンガル下ー鳥葬台 15元
鳥葬台ーセルタ 10元
昼ごはん 47÷2= 23元
セルタールーフォ 50元
ルーフォ宿 香格里拉招待所 30元
| | 21:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
長い1日の最後
夜に移動するという発想は無かったので(出来ると思って無かったので)最近の中国は道も綺麗だし夜に移動する人も多いんだなーと思って、いざ出発してみると、交通量は少なく、しかも途中から旧道に入り、暗闇の中、結構な凸凹道を進む。←帰りにこの道を見たらかなりの峠道で谷底に車が落ちてた。
事故らないでよかった…!

睡魔と事故へのハラハラと、まさかのこの時間でも検問してないよね?のドキドキとで行ったり来たりしてるうちに、昼間なら4時間のところ、3時間であっさりとセルタに到着。
超絶くたくただけどかなり嬉しい。

セルタの町はホテルが乱立しており、各々ぶっ飛んだ感じでイルミネーション。とにかくイルミネーション。
入り口には巨大なチョルテンにも色とりどりのLEDのイルミネーションが光っていて、たまげる。←写真を撮り損ねたのが悔やまれる。

深夜0時過ぎの(この時点で移動開始から18時間、たどり着いた4つ目の町。1日とは思えない長さ)10キロ超えのバックパック背負っての宿探し。

安宿は外国人を泊めてはいけないらしく、パスポート見せると断られる事数軒。
何軒目かで、話もろくに聞かないおばちゃんに結構な強引さで、梯子のような急階段を登った4階の部屋に通される。空気薄いので動悸が止まらない。

なんとか泊めてもらえそうでホッとしてたら息子さんがやってきて、泊められないと言われるが、もうあの急階段を荷物背負って降りる気力も体力も残ってなく、早朝誰にも見られないように出てくからと、お願いしてなんとか泊めてもらえる事に。
すごいため息つかれたけど。
迷惑かけて申し訳ない。
セルタはやはりよその町に比べてずっと公安の監視が強いのだと感じた。
それでも別に安くはない、ダブルルームで150元。

ルーフォーセルタ間の乗り合いタクシーは、基本料金280元程で、7人集まれば1人あたり40元、6人だと50元だったので、こんな夜に私達だけで車を動かしてもらうとなると、少なくとも1人140元なのかなと思って聞くと1人70元??
え、やすい…
後から考えても、帰りに人も乗せれないし、危ないし、ドライバーの兄ちゃんはめっちゃ眠そうだしで深夜割増取られてもおかしくないのに、どういう事だったんだろうか。
とりあえず成功報酬も込めて100元ずつ支払ったけど安すぎたかな…。

長い長い1日が終わり、なんとかたどり着いた駄目元と思っていたセルタ、嬉しくて興奮して寝れないって思ったのも一瞬で即寝でした。

次回はいよいよラルンガルゴンパへ行きますよー









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