ルンゴンゴンパと甘徳ガッデへ
マートウから隣の花石峡までは朝一のバスで15元と言われたので、朝早く起きて準備してたら、バスは西寧行きですぐに満席になってしまったらしく、バス移動は断念。
タクシーで1人50元で花石峡まで行こうとしたけど、花石峡まじで何にもない、道路しかない、ただ道と道の交差してるところにドライバー向けの商店とご飯やがあるだけのトラックステーション的な町っぽかったので、もうプラス50元で達日ダルラまで行く事にする。
花石峡で朝ごはん。太い春雨のスープを優子ちゃんと半分こする。辛くて美味しい。





途中の峠。
峠はタルチョがはためき気持ちいい。写真には映らなかったけど遠くに雪山が見えた。
この近くには、アムニェ・マチェンというアムド地方を象徴する重要な聖山があるらしい。
見たいなぁ。

ダルラに着いてとりあえず昼ご飯。青椒肉絲と白飯。今日の午後の動き方について話し合う。

ダルラに泊まるか、どこかのゴンパに行くか、マチェンまで動くか、いっそのことセルタから行きたかったけど行かなかったペマに行くとか…←やはりペマまで下ると5日のかなちゃんとの待ち合わせに間に合わないし、6日のレゴン入りも厳しくなりそうで断念。

何度も言うけど、今回、ザムタン、ペマ、アバ、ペユル、デルゲに行けなかったのが悔しい。
1カ月あればそれなりに見れると思ってたけど、やはり中国は大きい…。
観光ビザたったの30日なんて無茶すぎる。
4日いたセルシュは最終日、初日にはなかった音楽とイルミネーションとセットになった噴水が町の真ん中に出来てたし、おかしなデザインの街灯もたった。
たった4日間ですら、町の様子が変わっていく。
今回10年前のガイドブックを持ってきたので、分かってはいるけど、そこに書かれている事がもう存在しない事にせつなくなる。
馬に乗ったチベタンが行き交う町ももう無いし、西部劇のような渋くて濃いチベタンが闊歩する町ももう無い。

アムドは特に、町の建物自体がどこの町も同じ様な、漢人の町の様子に作られていて、町の外れにはアパートのような集合住宅や同じ作りの戸建が整然と建っている。
住む人にとっては便利になっているのだろうけど。
昔ながらの土と石で出来たチベット家屋もあまり見かけず、10年前はもうちょっと、チベタンエリアと漢族エリアで旧市街新市街みたいな感じで町が分かれていた記憶があるのだけど、今やどこも漢族っぽい街並みばかり。
どこにいっても建物やら道やらを作っているけど、民家は石と土がブロックとコンクリートに代わっただけのような方式で地震には弱そう。
午後はタクシーをチャーターしてルンゴンゴンパへ。200元。
結構遠くて着いた頃は16時に近い。
18時頃に戻るとドライバーに伝えたところ、夜走りたくないし、18時は無理だけど17時半までに戻って来るなら待っていてくれると言うので、バックパックはタクシーに預けて見て回る。
偉い人の説法会があったらしく、とても賑わっていた。
ネパールのボダナートみたいな大きなチョルテンがあった。
参道にはテント店がたくさん並んで洋服やおもちゃなどが売られている。
お堂は外観は雑な作りだなーと思ったのだけど、中に入ると壁画はとても丁寧に描かれていて面白かった。
早く帰りたがってたドライバーのおじちゃんに気を利かせて17時20分くらいに車に戻ると、おじちゃんテント店で友達と遊んでいて全然帰りたがらない。
飯でも食べとけば、とか言われる。
あんなに帰りたがっていたのに。
帰り道、途中から若いラマ僧が乗り込んできた。
彼は自分のスマホの中にまるでアイドルの写真を集める様に、たくさんの活仏の写真を保存していて、嬉しそうに色々と見せてくれた。
誰も知らなくてごめんなさい。

本当は大武ダウまで移動出来ればと思っていたのだけど、ゴンパが思ったより遠かったのでダウまでは行かず、ガッデ甘徳で宿を取る事にする。
ガッデはマートウと違い活気のある町だった。
珍しくちゃきちゃきしたチベタンのおばちゃんの宿に泊まる。

インドの時も思ったけど、しっかりした女の人が仕切ってる宿は比較的清潔な事が多い。

夜は広場で恒例の盆踊りを眺める。若い男女が楽しそうだー。


ルンゴンゴンパ中





ビーズ細工のようなもので出来てた。

巨大なストゥーパ。




ゴンパの前は日用品の出店がたくさんあって賑わっていた。




西瓜トラック。西瓜甘くて美味しい。

マートウからダーリータクシー
100元
朝ごはん 7元
ダーリーからゴンパ 100元
ゴンパーガッデ 50
水 2元
お菓子 6元
夜ご飯
宿 75元
| | 09:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジェクンドからマートウへ
マートウ行きの乗り合いタクシーはないらしくバスを勧められたので、タクシーでターミナルへ。
8時半の西寧行きのバスにのる。
後ろの方の座席であまり視界が良くないが、草原の中高低差の少ないアスファルトの道を走っているはずなのに、道中かなりバスがバウンドする。
乗って20分もしないうちに通路挟んだ向かい側の女の子が酔って吐く。
厳しい…。
窓を開けるとっかかりが外れてて窓が開けられないけど、とっかかりが外れた部分に穴が空いてて外の空気が入ってくる様な気密性の低いバスでよかった。
マートウまでは5時間程。
昼頃幹線道路沿いにポイっと降ろされる。ここからマートウまでは2.3キロ。
タクシーを拾うと1人10元と言われる。
目と鼻の先なのに高い。
マートウは元々あったメインストリート以外、建物はあるのに人もあまりおらず活気がない。
広場も役所?も人の気配がない。
ゴンパもなく、その代わりモニュメントで構成されたなんとも言えないものがある。
しかし街にゴンパが無いので、地元の人達がチラホラとコレラしている姿を見る。



標高が高い(4300mくらい)わりには暑い。
セルシュ、ジェクンドよりもより乾燥している。 宿はたくさんあるが、どこもクオリティの割には割高。


シャワーはなく、トイレは中庭の公共トイレタイプ(チベタン式)、洗面台もない宿に100元で泊まる。
夜にこのトイレに行くのは嫌だなーと思っていたら普段よりトイレに行く回数が減った。
ただ部屋は部屋の前にガラスの外廊下みたいなのがあり二重構造になっていて暖かい。
真夏なのに夜はほんのり暖房が入っている。
薄汚れた壁には2014年のポスターが貼られたまま。

マートウは近郊の湖観光の拠点となっているらしいのだが、観光客の姿は殆ど見られない。
湖、600元くらいなら奮発して車をチャーターしてもいいかと思っていたけど、1000元と言われ、は?16000円?高すぎる!ってなって行く気が失せる。

もう、明日の朝移動すればいいかと、夜は串揚げ←串焼きかと思ったら揚げてた。を4本とビールを買って食べて寝る。
串揚げは、チベタンが祭りの時、家族で洗面器に山盛りの魚肉?ソーセージ揚げを食べててたまげたので、その大人気でどこででも見かける魚肉ソーセージ買ったら予想通りの味で不味かった上に脂っこい。

今夜の夕飯。ベストオブジャンクフード
残飯にしか見えない…




食材を選んでおばちゃんに渡すと、揚げて辛いソースをかけてくれる。


ポイっと降ろされた私たち。

なんだか活気の無い町で(恒例の夏の夜の盆踊りもやってない)、居心地がいいとも言えない部屋で所在の無さを感じてると、そういや10年前の西チベット旅行はこんな日ばっかりだったなーと懐かしく思う。


タクシー 5元
バスチケット 190元
昼ご飯 11元
宿 マトゥ 50元
串揚げ 7限
ビール3元
ヨーグルト 9元
| | 18:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
玉樹ジェクンド
30日は6時半に起きて7時半に宿を出る。
セルシュはなんだかんだ4泊もしてしまった。
祭が始まったので宿は満室、料金も3割り増しになっているところ、私達だけ連泊という事で大目に見てくれたよう。
宿のおばちゃんは、迫力満点の漢族の女主人って感じで怖かったけどいい人だった。

30日はセルシュの騎馬祭の開幕式。
午前中だけそれを見て、後ろ髪引かれつつ、午後から玉樹ジェクンドに乗り合いタクシーで約3時間の移動。最後の1時間程はけっこうな凸凹道。

そうして着いたジェクンドの、あまりの都会ぶりに目を見張る。
大型の街頭モニターや電波塔、デパートをはじめ大小様々なショップ。
大きな広場があり、図書館や劇場、博物館など文化施設が街の中心にある。

とりあえずマートウ行きのバスを調べる為、街の外れにあるバスターミナルに行く。
マートウ行きのバスは無く、西寧行きのバスを途中下車するしかないと言われる。
それでも良いからチケットを買おうとしたら、なんと途中下車でも西寧迄の料金がかかるとの事。
マートウは西寧までの半分よりだいぶ手前なのでかなり高く感じる。
とりあえずどうすべきか落ち着いて考えようかと街の中心部に戻る。
ジェクンドは5年前の地震でほとんどが倒壊し、新しく作られた街らしい。
カンゼも都会の様に感じていたけど、都会の種類が違う。
道行く人はチベタンだけでなく漢族も多い。
何件か見て回って決めた宿は、仲のいいチベタンファミリーが経営している宿。一階は茶屋。
宿の名前も茶屋のメニューも中文が一切なく、チベット文字だけなので、結局宿の名前すら未だ分からず。
でも掃除が行き届いて居心地の良い宿で、1泊の予定が思わず2泊することに。
一部屋120元のところ100元にしてもらう。


宿の外観。同じ建物の繋がってる隣も宿だった。そっちは80元だったけど掃除が行き届いていない感じ。

その他のダブル60元の宿はシャワーがなかった。

宿の名前は不明だけど、この間を入って右側の建物の一番奥。乗り合いタクシーで降りた場所からも近い。
お母さんは中国語は殆ど話せないけど子供達は話せる。


茶屋でミルクティーを飲みながらポテトチップスを食べて相席になった僧侶となんとなく絡みつつ、まったりしてたら、宿のお母さんと叔母さん?とその娘?の3人から広場に行かないか誘われたのでついてく。
広場では野外コンサートが行われる様で大勢の人が集まっていた。
復興コンサートのようなものなのか、ステージ上のモニターにはジェクンド地震を始め、洪水やテロ、戦争等世界の悲惨な映像がスライドショーで流れている。
そんな中しっとりと始まったコンサート。しっとりとは裏腹にポジショニング争いが烈火を極め押し潰されそうになり、お母さん達に言って早々に離脱。

お母さん達の頭。
慣れれば重くないらしい。
最近の若い人は風呂にも入るし洋服を着ているし、絶対的に頭を洗うに不便そうなこの頭を日常的にしているチベタンはきっとあとわずかでいなくなるかもなぁなんて思うと切ない。
かっこいいなぁ。


回族の食堂もちらほら増えてきた。
夜ご飯は回族食堂で牛肉麺。細麺を期待していたらきしめんの様な平たい手打ち麺だった。肉のだしが効いたシンプルな味付けで、ずっと四川の赤いスープ味を食べてたので新鮮。

10元だと思っていたら、勝手に肉増しにされてて17元だった。


翌日31日は午前中、丘の上のゴンパへ。のんびり歩いて行く。
ジェクンドも標高は3300mほどあるはずなのに、かなり暑くてセルシュと全然違う。昼間はカットソー1枚で大丈夫。歩くと汗ばむ。
ゴンパでは読経中で、カメラで撮影しても良いと僧に言われたので中の撮影もさせてもらった。




何故かお堂内は動物の剥製?人形?がたくさん並べられている。

宿に戻り、洗濯をしてから夕方ジャナマニへ。
ジャナマニはギネスにも認定されている世界一大きなマニ塚らしい(そもそもマニ塚自体チベットにしかなさそうだけど…)
かなり広い範囲にマニ石経が2〜3mの厚さで積まれていてすごい。
説明書きによると300年前からここにマニ石が積まれ続けているらしい。


コルラしてる人もいっぱい。

動物も。
疲れたタイミングで、西瓜トラックあり。一片1元。貪り食う。



マニ塚の周りは石屋さんが囲んでいる。 私達も10元の石を買い、マニ塚に置いてきた。
文字によって今が違うらしく、私の選んだ石は聡明?とかそんな意味かも。との事。


日本での神社のお守りのような、目的別祈願があるとは思わなかった。
夕立が来そうだったのでタクシーで宿へ。
ジェクンドのタクシーは毎回10元だった。

夜ご飯はちょっと汚めなメインストリートから外れた場所の中華屋で、豚とキノコ炒めとわかめと卵スープ。
わかめと卵スープちょっと醤油を垂らしたら完全に日本の雑炊の味になりそうで醤油が恋しくなる。

優子ちゃんが漢人が住むところには必ずマッサージ屋があると言うので、探したら本当にある。
9時過ぎから1時間のマッサージを受ける。自分達的には奮発の80元。都会を満喫した2日間。


自分土産の謎の中華風やかん。でかい。
広場では地元の人達が輪になって踊っている。日本の盆踊りのようで楽しそう。



市場巡り

チベタン頭飾りも売っている。この左側の赤い糸で構成されてる頭飾りは本来は男性用でカムの男性がしてるのを見ると惚れ惚れする。

30日
タクシー20元
昼ごはん 16元
乗り合いタクシー セルシュージェクンド 70元
タクシー 10元
お茶 8元
パン 10元
夕飯15元
ヨーグルト 3元
やかん 100元

31日
昼ご飯 ハンバーガーセット 20元
宿 50元
鈴 20元
キーホルダー 12元
タクシー 10元
マニ石 10元
夜ご飯 18元
マッサージ 80元
スーパー 10元
| | 00:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
セルシュ
時系列じゃなくなるけど今日の日記を。

5時半に起きて6時半にセルシュ行きの乗り合いジープを見つけ、7時に出発。
後部座席狭くてきつかった…

延々と続く草原の風景と晴れたので背後に高い山が見え、遊牧民のテントやヤクを始め家畜達がたくさんいて美しい。

約300キロ、6時間ぐらいかかるかと見越していたけど4時間半で着く。

着いてとりあえず入ったチベタン茶屋で騎馬祭の日にちを聞いたところ30日だと言われる。

朝のドライバーのおじさんは明日27日か明後日28日からと言っていた。

もし30日からなら、カンゼーアチェンガルーペユルーデルゲーセルシュといったルートも取れたかもしれなかったなーと、リタンに続き、ペユル、デルゲにも心残りが。
東チベット、早めにまた来たいなあ。

もし本当に30日からなら、今日中にジェクンド入りしてジェクンドの騎馬祭の後半から見てもいいかもしれない。

とりあえず、セルシュは4000m越えなのでバックパック背負って動くとすぐ息が上がるのと、ジープの後部座席の窮屈さの疲労でチベタン茶屋から出られない…。
早く、セルシュで騎馬祭待機の為宿を確保するか、もしくは今日このままジェクンドまで移動するか決めなければ。



→結局何人かに聞いたところ、明後日からホースレースが始まり、開幕式が30日との情報が有力で、明日若干暇だけど明後日に向けて待機する事に。

宿を探していたら、騎馬祭の日程を教えてくれた公安の警察官が知らぬ間に付いてきて、めっちゃ強引に値引き交渉してくれ?され?148元の部屋が100元になる。
正直その宿に泊まりたいと思う前に勝手に話を進められた感があり、迷惑にも感じたけど、その後町を散歩しながら何軒か宿の値段と部屋を調べたけど、セルシュはまだあまりいい宿がない上、割高な傾向。

町は今まさに拡張中という感じで、降ってわいたような大きなデパートらしき建物が建設中だったりするのに、まだライフラインが整ってなくて、宿にシャワーどころかトイレも無い宿もある(その場合、町のシャワー屋さんと公衆トイレを使う)

とりあえず警官が値切ってくれた宿は、設備の割に割安で泊まれてる事は確かなよう。
ただ、カラオケ屋とディスコが近くて今まさに夜中うるさいのと、トイレが自分でバケツに水をはって流すという、水洗になりきれないタイプなんだけど、私達以外の宿泊者は、ほとんど自分のした後に流してくれなくてツライ…

ちなみにこの宿の女主人、外国人を泊めるのが初めてなのか、中国人がみんな持っている身分証明書を私達が持ってなくて、パスポートを出したところ、これが身分証明書だと信じてくれず、泊めるのをだいぶ躊躇された。ここも警官が強引に説得してた。
セルタでは公安に何かを咎められやしないかとハラハラしていたのが嘘のよう。

夕方から高山病なのか頭痛がしてきてひたすら水を飲みながら深呼吸してたら、だいぶおさまってきてよかった。
明日は近隣の草原に遊びにゆきます。


チベタン茶屋






朝ごはん 7元
カンゼーセルシュ(ザチュカ) 100元
チベタンベルミルクティー 10元
宿 150元(3泊分)
夕飯15元
| | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
カンゼへ
午前中は歩いて丘の上のルーフオのゴンパへ。

わざわざ鍵を開けて中を見せてくれた。
ルーフォは不自然な超開発もされてなく、程よい規模でこじんまりしてて、宿も安くて居心地が良くていい町だなぁ。



雨は降ったり止んだり。



ゴンパへ続く坂道にはマニ車があり地元の老人達の毎日の憩いの場にもなっているみたい。




乗り合いタクシー降りてすぐにあるシャングリラ招待所。
手作り感満載のログハウス風の部屋は思いの外居心地が良く、しかも1泊30元。中庭にホットシャワーもある。トイレはチベタン風
窓からは金色の仏像が見えて縁起よし。
もちろん夜はライトアップされてる。





これは前日セルタで食べた昼夜ご飯。
こちらのご飯は量が多いので1日2食で十分。野菜を摂るために素菜湯と魚香肉絲。美味しい。


そのあと乗り合いタクシーでカンゼへ。
疲れていたので適当な設備の割には若干高い気もする宿に泊まる。
壁紙も天井も、折り紙に入っているような金色だった。
カンゼは賑やかな都会だけど、とてもチベット色が強い。

けっこう夜遅くまで停電していて、宿に居ても仕方ないのでチベタン茶屋で暇をつぶす。


昼間看板が出てないけど店舗風の外観でしまってる一帯があり、なんなんだろうと思ってたら夜になると少し隙間が空いてミニスカートを履いた女の子が各入り口に1人ずつ立ち出した。赤線地帯みたいな場所だったのか。


金色の部屋
バストイレ付きで120元だったけど、とにかく水圧も水量も無くて使えない。

宿の窓からの景色




カンゼの市場巡り



朝ごはん 9元 おかゆとゆで卵と小籠包
ルーフォーカンゼ 40元
宿 60元
水 6元
数珠 30元
お昼ご飯 14元 酸菜麺
ヨーグルト 4元
チベタンミルクティー 10元

173元=2800円くらい
| | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
ラルンガルゴンパの後は鳥葬台へ
ラルンガルゴンパを昼過ぎに出て、少し離れたところにある鳥葬台に乗り合いタクシーで移動。 鳥葬とは、死体を鳥に食べさせるという、チベットの埋葬方法のひとつで、僧侶は火葬、それ以外の人は土葬か鳥葬かを選ぶらしいです。(ガイドブックの受け売り)
今まで得てきた情報←本や人のブログ、では、なんとなく草原の中で素朴な感じで行われるものなのかなと勝手に考えていたのですが、セルタの鳥葬は、想像の遥か上をいき、さながらアトラクションのようで、ラルンガルゴンパで感じた中国当局の観光化へのやり方へのどん引いた気持ちはもはや振り切れてしまった。
とは言え、私も欲にまみれた観光客の一部なわけで。 まず、鳥葬台手前に建設されたくそ悪趣味な作りの荒い数々のモニュメント。立体物。
コンクリート造りのセットにしか見えない唐突なちゃちな岩山があったりと、鳥葬という特異な文化をネタに遊園地を作ろうとしてるかのような奇妙な空間に感覚を狂わされる。 僧侶の読経が始まり、布に包まれたご遺体が運ばれてきてチョルテンの周りを家族とともに回る。
この時、魂が肉体から離れるらしい。 ちなみにわたしを含めた大量の観光客は少し離れたところに張られたフェンスの外でその様子をかぶりつきで眺めてる。 そのあと鳥葬台で鳥葬職人が遺体を鳥が食べやすいように細かくしてるらしく←この様子は目隠し布がされてて観光客サイドと鳥サイドからは見えない。 その間、1羽また1羽とハゲワシ?が飛んでくる。
わー大きい!なんて眺めているうちに、気付けば大量のハゲワシがスタンバイ体制にはいる。 最終的には500羽を超えるくらいはいた様な。
その夥しい数のハゲワシが、今か今かとじりじりと鳥葬台ににじり寄っていき、それを数人のチベタンが寄せ付けないように、時には石を投げ、棒を振り回し防ぐ。 一羽でもかなりの迫力なのに集団の圧、凄いだろうな。
そして準備が整ったのが先だったのか、鳥達の本能の力が勝ったのか、よくわからなかったけれども風でふわりと目隠し布が舞い上がった瞬間、大量の鳥が鳥葬台に突進。 鳥葬台はコンクリートの塀で囲まれた四角い広場の様な作りでその塀の中に数百羽の鳥達が折り重なり合いながら何かを奪い合ってる。 圧倒されてしばらく眺めてると、満足気なハゲワシから(中には頭を血で濡らした鳥もいる)彼方へ飛んでいく。
時間がかかりそうだったので私達も離脱。 悪趣味なモニュメントを撮影して、ラルンガルゴンパの中に泊まりたかったなーと少し後ろ髪引かれつつ乗り合いタクシーでセルタに戻る。

セルタの町に魅力を感じなかったので、ユースをキャンセルしてこのままルーフォに戻る事にする。








鳥葬台とにじりよるはげわし達とそれを防ぐ男達





ぶっ飛んだモニュメント。中国人もチベット人も楽しそうに観光している。




セルタールーフォの乗り合いタクシーの中、同乗者の若いチベタンファミリーに絡まれ続ける。

楽し疲れた4時間。

帰る車はチェックされなかったけど公安の検問はしてました。
| | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
ラルンガルゴンパ
朝起きて、約束通り近くのユースに宿を移す事にし、荷物を預けて乗り合いタクシーでラルンガルゴンパへ

















草原の中、中央のゴンパを中心にすり鉢状に帯びただしい僧坊が建てられいて、大勢のチベット僧が暮らしている修行場。
ここはガイドブックによると(10年前のだけれど)1980年代に開かれた新しいゴンパで、東チベットで絶大な人気を誇った高僧が開いた修行場らしいです。

僧坊は色や形、同じ要素で構成されてて、その圧倒的な物量にもくらくらするし、つまりは信仰に捧げる力にくらくらする。

迷い混むと、あまりにも同色の世界に、一つの小さな見知らぬ国のにいるような不思議な心地になりました。

中央のゴンパは観光客でも立ち入りができたので少し見学ささてもらう。
中は大勢のラマ僧が各自経典を読んでいて、自習時間のよう。
僧侶の数がすごい。
自分の好きな場所で数人で固まって勉強してたり、1人でイヤホンしながら黙々と読んでたり。
若い僧が多かったです。
信仰に対する熱が空間を覆っているような空気を感じました。

僧坊と僧坊の間の路地をくねくねとたまに迷いながら散歩して高台へ。
高地の為、酸素が薄くてかなりきつい。

丘の裏側、観光客からあまり目につかない斜面の僧坊がまさにぶっ壊されてる最中で、これを見られない為に外国人観光客の入場を規制してるようです。

以前も大規模な取り壊しがあったようで不自然に直線で削り取られた僧坊のない部分に道路が作られていました。

その他にも門前には、町一個作ってる勢いでホテルなどの大規模な開発の真っ最中。
東チベットどこにいってもとにかく道路や建造物を作りまくってる印象。

観光地化の、せめてもうちょっとうまいやり方がいくらでもあるだろうに、あったものを壊すことにまるで容赦ない。
そこで修行している人の為ではなく、私を含めた大勢のよそ者の観光客の為にどんどんと変貌させられているのがかなしい。

まあ、内情も全然知らないよそ者の観光客の個人的な感傷ではありますが。

外国人は私達とあと日本人の女の子が2人だけだったけど、中国人の観光客はものすごく多く、リゾート地に来てるかのような着飾った若者達に目を見張ってしまう。

その日本人の女の子達はカンゼから中国人観光客に混じって乗り合いタクシーで来たとの事。
検問はあったけど、パスポートチェックはされなかったらしく、もしかしたら少し規制が緩んできてるのかもしれません。

ゴンパ内には宿も商店も食堂もあったので。荷物をセルタに置いてきてしまったのが悔やまれた。せっかくならゴンパ内に泊まりたかったなぁ。









朝ごはん小籠包 4元
セルターラルンガル 7元
ラルンガル下ーラルンガル上 3元
ラルンガル下ー鳥葬台 15元
鳥葬台ーセルタ 10元
昼ごはん 47÷2= 23元
セルタールーフォ 50元
ルーフォ宿 香格里拉招待所 30元
| | 21:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
長い1日の最後
夜に移動するという発想は無かったので(出来ると思って無かったので)最近の中国は道も綺麗だし夜に移動する人も多いんだなーと思って、いざ出発してみると、交通量は少なく、しかも途中から旧道に入り、暗闇の中、結構な凸凹道を進む。←帰りにこの道を見たらかなりの峠道で谷底に車が落ちてた。
事故らないでよかった…!

睡魔と事故へのハラハラと、まさかのこの時間でも検問してないよね?のドキドキとで行ったり来たりしてるうちに、昼間なら4時間のところ、3時間であっさりとセルタに到着。
超絶くたくただけどかなり嬉しい。

セルタの町はホテルが乱立しており、各々ぶっ飛んだ感じでイルミネーション。とにかくイルミネーション。
入り口には巨大なチョルテンにも色とりどりのLEDのイルミネーションが光っていて、たまげる。←写真を撮り損ねたのが悔やまれる。

深夜0時過ぎの(この時点で移動開始から18時間、たどり着いた4つ目の町。1日とは思えない長さ)10キロ超えのバックパック背負っての宿探し。

安宿は外国人を泊めてはいけないらしく、パスポート見せると断られる事数軒。
何軒目かで、話もろくに聞かないおばちゃんに結構な強引さで、梯子のような急階段を登った4階の部屋に通される。空気薄いので動悸が止まらない。

なんとか泊めてもらえそうでホッとしてたら息子さんがやってきて、泊められないと言われるが、もうあの急階段を荷物背負って降りる気力も体力も残ってなく、早朝誰にも見られないように出てくからと、お願いしてなんとか泊めてもらえる事に。
すごいため息つかれたけど。
迷惑かけて申し訳ない。
セルタはやはりよその町に比べてずっと公安の監視が強いのだと感じた。
それでも別に安くはない、ダブルルームで150元。

ルーフォーセルタ間の乗り合いタクシーは、基本料金280元程で、7人集まれば1人あたり40元、6人だと50元だったので、こんな夜に私達だけで車を動かしてもらうとなると、少なくとも1人140元なのかなと思って聞くと1人70元??
え、やすい…
後から考えても、帰りに人も乗せれないし、危ないし、ドライバーの兄ちゃんはめっちゃ眠そうだしで深夜割増取られてもおかしくないのに、どういう事だったんだろうか。
とりあえず成功報酬も込めて100元ずつ支払ったけど安すぎたかな…。

長い長い1日が終わり、なんとかたどり着いた駄目元と思っていたセルタ、嬉しくて興奮して寝れないって思ったのも一瞬で即寝でした。

次回はいよいよラルンガルゴンパへ行きますよー









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長い1日
今日は先に東チベット入りしてる優子ちゃんと会う約束の日。
一度も連絡が無かったので当初の予定通りラゴンゴンパのチケット売り場にて待つ。←後から聞いたら何度もメールをくれてたのに届いてなかったもよう。

カンディン朝6時15分発、タウ行きのバスに乗ってラゴンで土地下車。9時過ぎにはラゴンゴンパに着く。
時間の約束をしてなかったので、優子ちゃんを信じて、会えるまで場を離れない覚悟をして小雨降る中、標高もぐっと上がって3500m、かなり寒い…。
そしたら20分もしないうちに優子ちゃん現れてくれさくっと出会えた。
さすが優子ちゃん。
良かった〜



ラゴンゴンパ(塔公寺)
優子ちゃん曰く昨日大人気の高僧の説法が行われていてとても盛り上がったらしく、ゴミが散乱してたのをみんなして掃除していた。
背後の丘にタルチョがはためいていてかっこいい。
ラゴン、ぐっとラマ僧の姿が増えて嬉しい。

良さそうな町だったけど、天気も悪くて草原も行けないしゴンパだけ見て先に進もうかと、乗り合いタクシーを見つけてタウへ移動。
タクシーは満席にならないと出ないので車が見つかってからも結構待たされる。おまえらがあと1人見つけてきなよとやたらとドライバーに絡まれる。


その間に朝ごはんは串焼き二本。羊肉とじゃがいも

八美あたりの道路工事で交通規制されてるのか2時間以上何もない丘で待たさたり、やっと動いたと思ったら1時間ほど大渋滞にはまったりとすんなりいかない。
予想の倍近くの時間かかる。5.6時間?ついたら夕方だった。
そしてやっとついたタウは超絶開発ラッシュで新市街も大きくピカピカしててその横にささやかな旧市街、その周りにマンション群と大きなグラウンドが作られていて、大草原の中に巨大な街を一気に作りまくっている様子。
同乗者にタウに何しに行くのか聞かれた意味がわかる。
ここは観光客の為ではなく、地元民の為の街だった。

ラゴンに行くまでの草原や村の景観はとても美しく、家も新しくて、潤っている様子がありありとうかがわれ、美しいんだけど、国家が国を挙げての観光化をものすごい勢いで推し進めているのを感じ続けるチベット。

とりあえず、串焼き二本と2時間待たされた時に齧った桃だけしか食べてなかったので空きっ腹を鎮めるべく、夕方やっとタウの食堂で担々麺っぽいのを食べる。
美味しい。10元。



食べてやっと頭が働く。タウは賑やかで活気があったけど、こんな感じだし泊まらなくてもいいような気がして、車を降りるやいなや崩壊したような笑顔でルーフォ行きをしきりに勧めてきたおじちゃんの乗り合いタクシーに乗ってルーフォまで行くことにする。


笑顔過ぎるおじちゃん

ルーフォはカンゼ方面とセルタ方面に行く道の分岐となる町で、私達はルーフォからセルタを目指そうかと。

セルタは東チベット旅のメインと位置付けする人も多い、有名なラルンガルゴンパの入り口の街。
私もすごく楽しみにしていたのに、今年の5月から公安より外国人立ち入り禁止が発令され外国人はセルタ手前の検問でことごとく追い返されてるそうで。
成都の宿で聞いたら、先月1人日本人の女の人が入れたみたいだけど、あとはとんどが行けてないとの事。

やってみないと諦めきれないので、とりあえず行ってみる事に。
19時半頃にルーフォ到着。
日が長いので20時過ぎまで明るい。
笑顔おじさんから明日セルタ行くなら今日は発着所横の安宿に3人で泊まろう。3人部屋なら1人20元だよ。と謎のお誘いを受けたが一応お断りをする。



夕暮れ時のルーフオ
ルーフォの町は観光地化も目立たず、開発も目立たず、こじんまりしたいい雰囲気の町。
さて、いよいよ明日はセルタを目指すぞ、とりあえず宿を探すぞ、シャワーを浴びたいぞ、と思ってたら、乗り合いタクシーのドライバー達と話しているうちに、むしろ今から夜中に着くように行けばいいよ、そっちの方が検問してない可能性あるよ、と言われ、

た、確かに…!!

そんなわけで既にその時点で夜の8時を過ぎてて朝6時から移動しててクタクタだったけど、もう、一気にセルタ目指そうってなる。
ちなみにセルタまでは車で4時間。
暗くなってから出るから21時出発。
念のための非常食カップラーメンと駄菓子を買って時を待つ。
暗闇に紛れて出発。
そんな時間にセルタ行く人はいないのでタクシーは私達だけ。
老体に鞭打ってあともう一踏ん張り。
無事にラルンガルゴンパに入れますように…!!




串焼き 羊とじゃがいも 3元
ラゴンゴンパ 入場料 20元
担々麺 10元
塔公ー道字 乗り合いタクシー 70元
タウールーフォ 乗り合いタクシー40元
ルーフォーセルタ 100元
宿 75元 ダブルルーム150元を2人で割る
非常食 カップラーメンとおやつ 6元

合計324元 日本円だと5000円超えるくらい。


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康定
康定に着きました。
ここはカム地方への旅の拠点となる、州都で、そんなに大きくないけど交通の要のようで賑わっています。
標高は2500m、成都に比べだいぶ涼しくて嬉しい。

10年前もリタンに行く際、一度来た事があるのですが、目的地ではなく通過場所なので夕方着いて翌早朝には出てしまったからなにも覚えてなくて。
今回も明日の朝6時15分のタゴン行きのバスに乗るからなにも記憶に残らないだろうな。
山間の漢族の街って感じでまだチベット感は薄いのですが、先ほどカムの頭をしてるチベット男性とすれ違い、明日からの旅が楽しみになりました。

そういえば、昨夜のミセスパンダの宿、ドミ予定がダブルルームを与えられ、やったーと思ってたら、21時時頃、宿で働いてるっぽい女の子が部屋を訪ねてきて何事?と思ったら、隣のベッドで寝だして、朝は5時半に同僚がすごいでかい声でその子をお おこしに来て私も起こされて、すごい中国を感じました。
まあ、私も早く起きなきゃいけなかったから丁度良かったんですが。
7時20分発のバスが実際動いたのが8時だった事ももはや予定調和です。

康定の宿はターミナル近くのユースホステルで、中国人の若者達が集ってて楽しそう。その中国語が飛び交う賑やかなロビーにずっと日本のフォークソングがかかってて、森田童子とかが流れてて謎すぎ…。





中国入って初めてのまともな食事。街道沿いのバス御用達の食堂で。
お金を払うとプレートを渡されて10種類くらいのおかずから自分で選ぶスタイル。
隣の席だった若干滝藤賢一似の男性がご馳走してくれました。
有難うございます。
その人、康定着いてターミナルで翌日のバスチケットを買うとこまで付き合ってくれ、とても親切な人でした。ほとんど言葉でのコミュニケーション取れなかったけど…。



今夜の夕飯。水餃。10元



タレを作ってくれてる。

明日予定では優子ちゃんと合流する予定なのですが、結局優子ちゃんから一度もメール連絡がなく、時間も決めてないのでタゴン寺のチケット売り場で。という曖昧な約束を頼りにタゴン寺を目指します。無事に会えますように〜


地図代 15元
水 5元
おやつ5元
カンディンータゴン バス 32元
宿 40元
夕飯 10元
道端の桃売りから桃を 7元

日本円で本日の出費2000円くらい。

あとから気づいたけどバス32元なのに102元出して60元しかおつりもらわなかった気がする…










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