ルンゴンゴンパと甘徳ガッデへ
マートウから隣の花石峡までは朝一のバスで15元と言われたので、朝早く起きて準備してたら、バスは西寧行きですぐに満席になってしまったらしく、バス移動は断念。
タクシーで1人50元で花石峡まで行こうとしたけど、花石峡まじで何にもない、道路しかない、ただ道と道の交差してるところにドライバー向けの商店とご飯やがあるだけのトラックステーション的な町っぽかったので、もうプラス50元で達日ダルラまで行く事にする。
花石峡で朝ごはん。太い春雨のスープを優子ちゃんと半分こする。辛くて美味しい。





途中の峠。
峠はタルチョがはためき気持ちいい。写真には映らなかったけど遠くに雪山が見えた。
この近くには、アムニェ・マチェンというアムド地方を象徴する重要な聖山があるらしい。
見たいなぁ。

ダルラに着いてとりあえず昼ご飯。青椒肉絲と白飯。今日の午後の動き方について話し合う。

ダルラに泊まるか、どこかのゴンパに行くか、マチェンまで動くか、いっそのことセルタから行きたかったけど行かなかったペマに行くとか…←やはりペマまで下ると5日のかなちゃんとの待ち合わせに間に合わないし、6日のレゴン入りも厳しくなりそうで断念。

何度も言うけど、今回、ザムタン、ペマ、アバ、ペユル、デルゲに行けなかったのが悔しい。
1カ月あればそれなりに見れると思ってたけど、やはり中国は大きい…。
観光ビザたったの30日なんて無茶すぎる。
4日いたセルシュは最終日、初日にはなかった音楽とイルミネーションとセットになった噴水が町の真ん中に出来てたし、おかしなデザインの街灯もたった。
たった4日間ですら、町の様子が変わっていく。
今回10年前のガイドブックを持ってきたので、分かってはいるけど、そこに書かれている事がもう存在しない事にせつなくなる。
馬に乗ったチベタンが行き交う町ももう無いし、西部劇のような渋くて濃いチベタンが闊歩する町ももう無い。

アムドは特に、町の建物自体がどこの町も同じ様な、漢人の町の様子に作られていて、町の外れにはアパートのような集合住宅や同じ作りの戸建が整然と建っている。
住む人にとっては便利になっているのだろうけど。
昔ながらの土と石で出来たチベット家屋もあまり見かけず、10年前はもうちょっと、チベタンエリアと漢族エリアで旧市街新市街みたいな感じで町が分かれていた記憶があるのだけど、今やどこも漢族っぽい街並みばかり。
どこにいっても建物やら道やらを作っているけど、民家は石と土がブロックとコンクリートに代わっただけのような方式で地震には弱そう。
午後はタクシーをチャーターしてルンゴンゴンパへ。200元。
結構遠くて着いた頃は16時に近い。
18時頃に戻るとドライバーに伝えたところ、夜走りたくないし、18時は無理だけど17時半までに戻って来るなら待っていてくれると言うので、バックパックはタクシーに預けて見て回る。
偉い人の説法会があったらしく、とても賑わっていた。
ネパールのボダナートみたいな大きなチョルテンがあった。
参道にはテント店がたくさん並んで洋服やおもちゃなどが売られている。
お堂は外観は雑な作りだなーと思ったのだけど、中に入ると壁画はとても丁寧に描かれていて面白かった。
早く帰りたがってたドライバーのおじちゃんに気を利かせて17時20分くらいに車に戻ると、おじちゃんテント店で友達と遊んでいて全然帰りたがらない。
飯でも食べとけば、とか言われる。
あんなに帰りたがっていたのに。
帰り道、途中から若いラマ僧が乗り込んできた。
彼は自分のスマホの中にまるでアイドルの写真を集める様に、たくさんの活仏の写真を保存していて、嬉しそうに色々と見せてくれた。
誰も知らなくてごめんなさい。

本当は大武ダウまで移動出来ればと思っていたのだけど、ゴンパが思ったより遠かったのでダウまでは行かず、ガッデ甘徳で宿を取る事にする。
ガッデはマートウと違い活気のある町だった。
珍しくちゃきちゃきしたチベタンのおばちゃんの宿に泊まる。

インドの時も思ったけど、しっかりした女の人が仕切ってる宿は比較的清潔な事が多い。

夜は広場で恒例の盆踊りを眺める。若い男女が楽しそうだー。


ルンゴンゴンパ中





ビーズ細工のようなもので出来てた。

巨大なストゥーパ。




ゴンパの前は日用品の出店がたくさんあって賑わっていた。




西瓜トラック。西瓜甘くて美味しい。

マートウからダーリータクシー
100元
朝ごはん 7元
ダーリーからゴンパ 100元
ゴンパーガッデ 50
水 2元
お菓子 6元
夜ご飯
宿 75元
| | 09:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジェクンドからマートウへ
マートウ行きの乗り合いタクシーはないらしくバスを勧められたので、タクシーでターミナルへ。
8時半の西寧行きのバスにのる。
後ろの方の座席であまり視界が良くないが、草原の中高低差の少ないアスファルトの道を走っているはずなのに、道中かなりバスがバウンドする。
乗って20分もしないうちに通路挟んだ向かい側の女の子が酔って吐く。
厳しい…。
窓を開けるとっかかりが外れてて窓が開けられないけど、とっかかりが外れた部分に穴が空いてて外の空気が入ってくる様な気密性の低いバスでよかった。
マートウまでは5時間程。
昼頃幹線道路沿いにポイっと降ろされる。ここからマートウまでは2.3キロ。
タクシーを拾うと1人10元と言われる。
目と鼻の先なのに高い。
マートウは元々あったメインストリート以外、建物はあるのに人もあまりおらず活気がない。
広場も役所?も人の気配がない。
ゴンパもなく、その代わりモニュメントで構成されたなんとも言えないものがある。
しかし街にゴンパが無いので、地元の人達がチラホラとコレラしている姿を見る。



標高が高い(4300mくらい)わりには暑い。
セルシュ、ジェクンドよりもより乾燥している。 宿はたくさんあるが、どこもクオリティの割には割高。


シャワーはなく、トイレは中庭の公共トイレタイプ(チベタン式)、洗面台もない宿に100元で泊まる。
夜にこのトイレに行くのは嫌だなーと思っていたら普段よりトイレに行く回数が減った。
ただ部屋は部屋の前にガラスの外廊下みたいなのがあり二重構造になっていて暖かい。
真夏なのに夜はほんのり暖房が入っている。
薄汚れた壁には2014年のポスターが貼られたまま。

マートウは近郊の湖観光の拠点となっているらしいのだが、観光客の姿は殆ど見られない。
湖、600元くらいなら奮発して車をチャーターしてもいいかと思っていたけど、1000元と言われ、は?16000円?高すぎる!ってなって行く気が失せる。

もう、明日の朝移動すればいいかと、夜は串揚げ←串焼きかと思ったら揚げてた。を4本とビールを買って食べて寝る。
串揚げは、チベタンが祭りの時、家族で洗面器に山盛りの魚肉?ソーセージ揚げを食べててたまげたので、その大人気でどこででも見かける魚肉ソーセージ買ったら予想通りの味で不味かった上に脂っこい。

今夜の夕飯。ベストオブジャンクフード
残飯にしか見えない…




食材を選んでおばちゃんに渡すと、揚げて辛いソースをかけてくれる。


ポイっと降ろされた私たち。

なんだか活気の無い町で(恒例の夏の夜の盆踊りもやってない)、居心地がいいとも言えない部屋で所在の無さを感じてると、そういや10年前の西チベット旅行はこんな日ばっかりだったなーと懐かしく思う。


タクシー 5元
バスチケット 190元
昼ご飯 11元
宿 マトゥ 50元
串揚げ 7限
ビール3元
ヨーグルト 9元
| | 18:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
玉樹ジェクンド
30日は6時半に起きて7時半に宿を出る。
セルシュはなんだかんだ4泊もしてしまった。
祭が始まったので宿は満室、料金も3割り増しになっているところ、私達だけ連泊という事で大目に見てくれたよう。
宿のおばちゃんは、迫力満点の漢族の女主人って感じで怖かったけどいい人だった。

30日はセルシュの騎馬祭の開幕式。
午前中だけそれを見て、後ろ髪引かれつつ、午後から玉樹ジェクンドに乗り合いタクシーで約3時間の移動。最後の1時間程はけっこうな凸凹道。

そうして着いたジェクンドの、あまりの都会ぶりに目を見張る。
大型の街頭モニターや電波塔、デパートをはじめ大小様々なショップ。
大きな広場があり、図書館や劇場、博物館など文化施設が街の中心にある。

とりあえずマートウ行きのバスを調べる為、街の外れにあるバスターミナルに行く。
マートウ行きのバスは無く、西寧行きのバスを途中下車するしかないと言われる。
それでも良いからチケットを買おうとしたら、なんと途中下車でも西寧迄の料金がかかるとの事。
マートウは西寧までの半分よりだいぶ手前なのでかなり高く感じる。
とりあえずどうすべきか落ち着いて考えようかと街の中心部に戻る。
ジェクンドは5年前の地震でほとんどが倒壊し、新しく作られた街らしい。
カンゼも都会の様に感じていたけど、都会の種類が違う。
道行く人はチベタンだけでなく漢族も多い。
何件か見て回って決めた宿は、仲のいいチベタンファミリーが経営している宿。一階は茶屋。
宿の名前も茶屋のメニューも中文が一切なく、チベット文字だけなので、結局宿の名前すら未だ分からず。
でも掃除が行き届いて居心地の良い宿で、1泊の予定が思わず2泊することに。
一部屋120元のところ100元にしてもらう。


宿の外観。同じ建物の繋がってる隣も宿だった。そっちは80元だったけど掃除が行き届いていない感じ。

その他のダブル60元の宿はシャワーがなかった。

宿の名前は不明だけど、この間を入って右側の建物の一番奥。乗り合いタクシーで降りた場所からも近い。
お母さんは中国語は殆ど話せないけど子供達は話せる。


茶屋でミルクティーを飲みながらポテトチップスを食べて相席になった僧侶となんとなく絡みつつ、まったりしてたら、宿のお母さんと叔母さん?とその娘?の3人から広場に行かないか誘われたのでついてく。
広場では野外コンサートが行われる様で大勢の人が集まっていた。
復興コンサートのようなものなのか、ステージ上のモニターにはジェクンド地震を始め、洪水やテロ、戦争等世界の悲惨な映像がスライドショーで流れている。
そんな中しっとりと始まったコンサート。しっとりとは裏腹にポジショニング争いが烈火を極め押し潰されそうになり、お母さん達に言って早々に離脱。

お母さん達の頭。
慣れれば重くないらしい。
最近の若い人は風呂にも入るし洋服を着ているし、絶対的に頭を洗うに不便そうなこの頭を日常的にしているチベタンはきっとあとわずかでいなくなるかもなぁなんて思うと切ない。
かっこいいなぁ。


回族の食堂もちらほら増えてきた。
夜ご飯は回族食堂で牛肉麺。細麺を期待していたらきしめんの様な平たい手打ち麺だった。肉のだしが効いたシンプルな味付けで、ずっと四川の赤いスープ味を食べてたので新鮮。

10元だと思っていたら、勝手に肉増しにされてて17元だった。


翌日31日は午前中、丘の上のゴンパへ。のんびり歩いて行く。
ジェクンドも標高は3300mほどあるはずなのに、かなり暑くてセルシュと全然違う。昼間はカットソー1枚で大丈夫。歩くと汗ばむ。
ゴンパでは読経中で、カメラで撮影しても良いと僧に言われたので中の撮影もさせてもらった。




何故かお堂内は動物の剥製?人形?がたくさん並べられている。

宿に戻り、洗濯をしてから夕方ジャナマニへ。
ジャナマニはギネスにも認定されている世界一大きなマニ塚らしい(そもそもマニ塚自体チベットにしかなさそうだけど…)
かなり広い範囲にマニ石経が2〜3mの厚さで積まれていてすごい。
説明書きによると300年前からここにマニ石が積まれ続けているらしい。


コルラしてる人もいっぱい。

動物も。
疲れたタイミングで、西瓜トラックあり。一片1元。貪り食う。



マニ塚の周りは石屋さんが囲んでいる。 私達も10元の石を買い、マニ塚に置いてきた。
文字によって今が違うらしく、私の選んだ石は聡明?とかそんな意味かも。との事。


日本での神社のお守りのような、目的別祈願があるとは思わなかった。
夕立が来そうだったのでタクシーで宿へ。
ジェクンドのタクシーは毎回10元だった。

夜ご飯はちょっと汚めなメインストリートから外れた場所の中華屋で、豚とキノコ炒めとわかめと卵スープ。
わかめと卵スープちょっと醤油を垂らしたら完全に日本の雑炊の味になりそうで醤油が恋しくなる。

優子ちゃんが漢人が住むところには必ずマッサージ屋があると言うので、探したら本当にある。
9時過ぎから1時間のマッサージを受ける。自分達的には奮発の80元。都会を満喫した2日間。


自分土産の謎の中華風やかん。でかい。
広場では地元の人達が輪になって踊っている。日本の盆踊りのようで楽しそう。



市場巡り

チベタン頭飾りも売っている。この左側の赤い糸で構成されてる頭飾りは本来は男性用でカムの男性がしてるのを見ると惚れ惚れする。

30日
タクシー20元
昼ごはん 16元
乗り合いタクシー セルシュージェクンド 70元
タクシー 10元
お茶 8元
パン 10元
夕飯15元
ヨーグルト 3元
やかん 100元

31日
昼ご飯 ハンバーガーセット 20元
宿 50元
鈴 20元
キーホルダー 12元
タクシー 10元
マニ石 10元
夜ご飯 18元
マッサージ 80元
スーパー 10元
| | 00:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
セルシュ
時系列じゃなくなるけど今日の日記を。

5時半に起きて6時半にセルシュ行きの乗り合いジープを見つけ、7時に出発。
後部座席狭くてきつかった…

延々と続く草原の風景と晴れたので背後に高い山が見え、遊牧民のテントやヤクを始め家畜達がたくさんいて美しい。

約300キロ、6時間ぐらいかかるかと見越していたけど4時間半で着く。

着いてとりあえず入ったチベタン茶屋で騎馬祭の日にちを聞いたところ30日だと言われる。

朝のドライバーのおじさんは明日27日か明後日28日からと言っていた。

もし30日からなら、カンゼーアチェンガルーペユルーデルゲーセルシュといったルートも取れたかもしれなかったなーと、リタンに続き、ペユル、デルゲにも心残りが。
東チベット、早めにまた来たいなあ。

もし本当に30日からなら、今日中にジェクンド入りしてジェクンドの騎馬祭の後半から見てもいいかもしれない。

とりあえず、セルシュは4000m越えなのでバックパック背負って動くとすぐ息が上がるのと、ジープの後部座席の窮屈さの疲労でチベタン茶屋から出られない…。
早く、セルシュで騎馬祭待機の為宿を確保するか、もしくは今日このままジェクンドまで移動するか決めなければ。



→結局何人かに聞いたところ、明後日からホースレースが始まり、開幕式が30日との情報が有力で、明日若干暇だけど明後日に向けて待機する事に。

宿を探していたら、騎馬祭の日程を教えてくれた公安の警察官が知らぬ間に付いてきて、めっちゃ強引に値引き交渉してくれ?され?148元の部屋が100元になる。
正直その宿に泊まりたいと思う前に勝手に話を進められた感があり、迷惑にも感じたけど、その後町を散歩しながら何軒か宿の値段と部屋を調べたけど、セルシュはまだあまりいい宿がない上、割高な傾向。

町は今まさに拡張中という感じで、降ってわいたような大きなデパートらしき建物が建設中だったりするのに、まだライフラインが整ってなくて、宿にシャワーどころかトイレも無い宿もある(その場合、町のシャワー屋さんと公衆トイレを使う)

とりあえず警官が値切ってくれた宿は、設備の割に割安で泊まれてる事は確かなよう。
ただ、カラオケ屋とディスコが近くて今まさに夜中うるさいのと、トイレが自分でバケツに水をはって流すという、水洗になりきれないタイプなんだけど、私達以外の宿泊者は、ほとんど自分のした後に流してくれなくてツライ…

ちなみにこの宿の女主人、外国人を泊めるのが初めてなのか、中国人がみんな持っている身分証明書を私達が持ってなくて、パスポートを出したところ、これが身分証明書だと信じてくれず、泊めるのをだいぶ躊躇された。ここも警官が強引に説得してた。
セルタでは公安に何かを咎められやしないかとハラハラしていたのが嘘のよう。

夕方から高山病なのか頭痛がしてきてひたすら水を飲みながら深呼吸してたら、だいぶおさまってきてよかった。
明日は近隣の草原に遊びにゆきます。


チベタン茶屋






朝ごはん 7元
カンゼーセルシュ(ザチュカ) 100元
チベタンベルミルクティー 10元
宿 150元(3泊分)
夕飯15元
| | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
アチェンガルゴンパ
アチェンガル行きの乗り合いタクシーはぼろいワゴンタイプでスピードが出ず、2時間だと聞いていたところ片道3時間かかってしまった。
車によってだいぶ所要時間が違ってくるんだなー。


アチェンガルゴンパは、ラルンガル同様、カリスマ性のある高僧を慕って拡大していった修行の場とのこと。
10年前のガイドブックには、尼僧が6000人、僧が2000人修行していると書かれている。

道中、峠道は舗装がされてなくてかなり揺れ、海抜は不明だけどかなり高そう。
アチェンガルが4000mを越えている事を考えれば4300m以上はありそうな。
景色は最高にきれい。

今までチベットには秋か冬にしか来たことが無かったので、夏がこんなにも緑豊かで花が咲いててネズミが跳ねてるような気持ちのいい大草原が広がってるとは知らなかった。
荒涼とした茶色い大地も好きだけど、夏もいいなぁ。
車から外を見てると、草原でチベタンファミリーがよくピクニックをしてて楽しそう。

短い夏を楽しんでいるんだろうな。

アチェンガルゴンパもまた、すごく拡大中で新しいゴンパがどんどん作られていた。
また、あらゆるところが大量の造花で飾られていて、高地ならではの蒼い空とゴンパの赤い壁と造花の鮮やかさが目にしみる。花を飾る事も、祈りと信仰の一部であるのを感じる。強烈な日の光と風に晒され、退色している造花も美しかった。




















作りかけのマニ塚?巨大過ぎて全貌が見えない。

お堂を見た後、丘を登る。
丘のてっぺんには光り輝く黄金の仏像。

今にも雨が降りそうな不穏な空模様を背景に迫力と存在感と突拍子もなさと非現実感が同居していてなんともおかしな気持ちになる。
周りの草むらには、寛ぐラマ僧や漢族の観光客もちらほら。
丘の上からは川に囲われた僧坊郡を始めアチェンガルゴンパが一望できとても良い。





丘から僧坊郡の中へ。

丘に転々と置かれているこの小屋は何だろう?人が1人座れるのがやっとくらいの小さなドアなし窓付きの小屋がたくさんある。


僧坊郡
バラック小屋のような建物がひしめき合っている。
増殖し続ける蟻の巣のような混沌とした建築物は見てて飽きない。
そう言えば、昔から九龍城の写真集を眺めてはうっとりする程、ごちゃごちゃした巣のような建物群や生活空間を眺めたり想像したりするのが好きなんだった。
まさに、粗末な材料で増築改築を重ね増殖しているこの建物群は、信仰の場である事を抜きにしても面白い。
色が赤く無かったら僧坊には見えないだろうな。
ここに住む数千人の尼僧はどんな暮らしをしているのだろう。















尼さんはみんなチベット仏教ならではの臙脂色の僧侶の服を着ているけど、靴は自由なようで、ピンクのストラップシューズでキラキラしたビーズが付いたような可愛らしい靴を履いていたり、低いヒールのついたパンプスを履いていたり、蛍光イエローのスニーカーだったりと、それぞれの志向や靴を選ぶことへの楽しみを感じた。


他人が人様の生活空間に興味本位で踏み込む事に申し訳ない気持ちを抱えつつ、面白いと思う事が止まらない。

幾度となく、僧坊強制取り壊しになっているラルンガルゴンパは政府との駆け引きの中で、観光地化せざるえなかった事情があるのだろうが、アチェンガルはまだそこまでには至っていないように見える。
この無秩序で見方によっては不衛生で決して安全では無さそうで、それでいて信仰へのエネルギーが溢れている無二の僧坊郡がいつまでも存在できるとは思えない。

一時も休む事なく、変わり続ける東チベットの中で、今回アチェンガルに来れて本当に良かった。

そして、自分の寝坊と2時間で来れるだろうという見通しの甘さが悔やまれる、滞在時間が短すぎた…!
うーん、セルシュの騎馬祭が無ければこの前アチェンガルに泊まってペユル白玉に行ったんだけど。


アチェンガルゴンパの僧坊郡エリアは、そんなだから電気は来てるようだけど、水は共同の井戸なのか水道なのか、数人が固まって洗濯をしている場面をよく見かけた。
もちろん下水設備なんて無いだろうから、トイレ事情はどうなっているのだろう。
トイレに行きたくて、どうしようかと思いながら僧坊郡を抜け、橋を渡ったところに公共トイレ発見。
屋根無し、コンクリートなのに妙に有機的な塀にはスプレーで厠所の文字。
中は8畳くらいの長方形のスペースに細長い穴が、3×4列の12穴。
なんて開放的かつ一体的!
何度か来ている中国でもここまでスペースの共有率が高いトイレは初めてだー。
そして、やはりこちらの人もお尻はあまり人に見られたく無いらしく、(と言うか、僧侶の服はロングスカートの様な造りなので見る事も見られる事もないだろうけど)壁を背負える入り口から一番遠い後列の3穴は人気と見え、全穴埋まっている、かつトイレに足を踏み入れた瞬間に全員と目があう。
屋根が無い、というか外だから明るいよー。
そして私はこの目が合った人達の前の穴で彼女らにお尻を向けて座るのは恥ずかしいし、かと言って向いあったら入り口から入ってきた人にお尻を見られるしでどこにポジショニングすれば良いのかわからずパニくってその場で1回転したら、トイレ中のお三方に若干笑われ何かを言われ、場が、と言うかトイレが和んだ。
結局、どこでもいいからって言われた気がしたので、えいっと腹を決めて、手前の、壁から3穴目に後列の人と1穴開けて向かい合わずに同じ向きでする事に。
ちなみに交代で行った優子ちゃんは、やはり人気の後列3穴は尼さんで埋まってて、反対側の壁も向かい合って尼さんで埋まってて、仕方が無いから、後列の前の穴に後ろの人と同じ向きにしゃがんだら、わあって言われたらしい(笑)


ってゆう、最後長々とくだらないうえに下品な話題でごめんなさい。

アチェンガルとても面白かったです。
現在外国人立ち入り禁止のラルンガルに行けなくてもアチェンガルに行けばいいと思います。
本当に。
ぜひ。



アチェンガルの食堂でお昼ごはん。テレビにかじりつきの小さなラマ僧達。


ヤクと私

朝ごはん 2元
宿代 25元
カンゼーアチェンガル往復 90元
昼ごはん 13元
水とお菓子 15元
| - | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/41PAGES | >>